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ボージョレワインをビジネス面から考えてみる

11月といえばボージョレ・ヌーヴォーです。ボージョレ・ヌーヴォーとはフランスのボージョレ地区で生産される赤ワインの新酒のこと。解禁日が11月第3木曜日に定められていて、今年は11月18日(木)が解禁日です。

ボージョレ・ヌーヴォーブームの火付け役として知られるのが「ボージョレの帝王」ジョルジュ・デュブッフ氏ですが、昨年1月に86歳で亡くなりました。デュブッフ氏の功績は、マーケティング上の成功によって、ボージョレ・ヌーヴォーの価格を上昇させ、栽培農家の収入を向上させたことだと考えられます。

デュブッフ氏は1950年代にワイン生産者団体「L’Écrin Mâconnais-Beaujolais」を創設し、地元の販売業者やレストランとの関係を強化することで、ワインの販売を促進させました。また1980年代まで世界中を訪れ、ボージョレ・ヌーヴォーのプロモーションを実施します。イベントにセレブを参加させたり、ミシュランの星付きレストランなどで行ったりすることで、ボージョレ・ヌーヴォーをブランディング。日本にも毎年のように来日し、ボージョレ・ヌーヴォーブームを巻き起こしました。

ボージョレ・ヌーヴォーの需要の増加は、ワイン生産者のキャッシュフローを改善させました。一般的なワインは、ブドウ収穫からワインのリリースまで早くても約1年かかります。例えばボルドーワインは、2021年に収穫した後、2024年春にならないと消費者の手には渡りません。(こうしたキャッシュフロー上の欠点をカバーするために「プリムール」という予約販売の仕組みができました)

一方、ボージョレ・ヌーヴォーは収穫の3か月後には販売できます。在庫を持つことなく、生産したワインがすぐに現金化するのは、経営にとって非常に都合が良いことです。——しかし、ボージョレブームはすでに終焉を迎えています。日本では、バブル崩壊とともに出荷量は一旦低迷します。1995年にシラク大統領の核実験再開宣言により、世界的にフランスワインがボイコットされ、日本でもボージョレ・ヌーボーの消費が冷え込みます。

その後、1998年頃に赤ワインに含まれるポリフェノールが注目され、赤ワインブームが到来します。ボージョレ・ヌーヴォーの出荷量もこの辺りから一気に増え、2004年にピークを迎えますが、現在ではピーク時の半分程度になりました。

ブームの終焉は、価格の下落を引き起こしました。例えば某激安店は2009年から税抜き490円の激安ボージョレ・ヌーヴォーを販売しています。

一般的なボージョレ・ヌーヴォーの価格内訳は以下の通り。

  • フランスでの卸売価格:1本(750ml)当たり200〜1500円
  • 航空直行便での貨物運賃:1本当たり300〜400円
  • 税金:1本当たり120〜150円
  • 国内輸送費:1本当たり30〜80円

つまり物流関連費だけで450円かかります。さらにここに商社や小売店の利益も載ります。

ボージョレの平均的生産者が存続していくためには、バルクワイン(ボトルやコルク等のコストを含まないワインだけの価格)取引価格は1本あたり170円以上でなければならないといわれています。

某激安店の激安ボージョレ・ヌーヴォーはペットボトルでガラス瓶より軽量のため、幾分か航空運賃が割安になります。しかし、大幅なコストダウンが見込める船便は使わず、航空便を使っているのだそう。販売価格490円で、ワイン生産者にいくらの利益が入っているのでしょうか…。

ちなみにボージョレ・ヌーヴォーは、決して生産コストが安い訳ではありません。カルボニック・マセレーションという醸造法で生産されるのですが、この方法は全房ブドウを使うため、人の手で丁寧に収穫される必要があります。手摘みの方が機械収穫よりもコストがかかります。

こうした危機的状況に対し、ボージョレはすでに方針を転換しつつあります。新酒であるボージョレ・ヌーヴォーから、普通のワインへとシフトしているのです。

実はボージョレ・ヌーヴォーの生産量はこの15年で約半分に減少しています。ボージョレで栽培されているブドウ品種はガメ。ボージョレのすぐ北にあるブルゴーニュはピノ・ノワール種で作る高級ワインで有名ですが、ボージョレワインの中には、ピノ・ノワールかと間違えるようなものも存在します。温暖化の影響でブドウが完熟し、高品質なワインが生産できるという背景もあり、量より質のワインへと徐々にシフトしてきているのだそうです。

時代によって顧客の求める価値は変化します。ボージョレはその変化をいち早く察知し、自らを変化させているようです。